2021年3月5日金曜日

カスザメ(糟鮫)という汚名の由来を考える

 私の好きなサメに「カスザメ」という種類がいます。

真横から見たカスザメ。東海大学海洋科学博物館にてHaie撮影。
 

 恐らく多くの人が想像する「サメ」とはかなり遠いイメージのサメで、平べったい体で砂地の海底に潜り、じっとしているような生活をしています。日本では3種類(カスザメ[学名:Squatina japonica]、コロザメ[学名:Squatina nebulosa]、タイワンコロザメ[学名:Squatina formosa])、世界で計20種が知られています。

 それはまるでエイのようで、サメの特徴でもあるエラ穴の位置がエイが腹側にあるのに対して、からだの側面にあるのでかろうじて見分けがつくほどです。

  そんなカスザメ。サメ全体を大きく8つの種類に分けると、その一角を成すグループでもあります。

 しかし日本語での名前が「アホ!ボケ!カス!」の『カス』そのものなのです。

 ウバザメも「バカザメ」などと呼ばれることがありますが、和名としてではなく別名扱いなので救われますが、「カス」はまごうことなき「カス」なのです。

  そもそも「カス」とは何か。漢字で書くと「糟」。

 酒粕の粕も同じ意味です。「糟」は表記としてはあまり用いられないので通常は「粕」の字を用いるそうです。

 似た種類のコロザメは「胡盧」の漢字が充てられますが、これはコロダイの「コロ」と同じ由来と考えられます。「胡盧」はひょうたんを意味し、南紀でイノシシの子供を「コロ」と言い成し、いわゆる白い斑点がついた模様にこの字を用いるようです。

カスザメに似たコロザメ。名古屋港水族館にてHaie撮影
 

 いずれも模様由来だとモノの本には書かれることが多いのですが、カスザメを実際に水揚げして放置すると、体表にある粘膜がぬめりとなって白く変色し、「糟」のように現れるのです。

  過去にカスザメの標本(ホルマリン固定した) を見た時にはうっすら体表が白濁していたのですが、割と新鮮な解凍標本に接した時に、そのような「澱」に似た粘質の白濁した「糟」を見ることができました。

固定されたカスザメ標本。日本板鰓類研究会主催のサメ祭りにてHaie撮影。

 

 この粘液が分泌されるというお話は、東海大学客員教授の田中彰先生と東海大学海洋科学博物館にて飼育されていた実物のカスザメについて語られた時に聞いたものです。

 

体表にぬめりのような澱が付着したカスザメの標本(解凍のみ)サメ合宿にてHaie撮影。

 
 カスザメは、砂地に潜るという話をしましたが、丈夫な鱗・楯鱗というサメ肌をもつサメでも砂の中の微生物やバクテリアが皮膚から侵入する可能性があるため、保護しなくてはならないのです。胸びれで海底を煽ぐようにバサバサと砂をまきあげ、砂の下でじっと獲物を待ち伏せする姿は、牙をむき出しにするサメとは一風変わった、森の茂みで狙い定める静かなるハンターを彷彿とさせます。

 スキンケアクリームを分泌し、砂による摩擦を軽減し、擦過傷などから体を保護するのだと思います。似たような生態のアンコウやエイ類などでもぬめりとなって体表を保護する仕組みがあることからも、環境に対する収斂進化の賜物です。(かつてカスザメの体表を粉末にした塗布薬もあったそうです)

 確かに、模様も白い細かい斑点であるのですが、どちらかというとこのような性質に寄るところが大きいのではないかと思われるのです。

  カスザメの体表を切り取り、皮標本にしてみると確かに地色に斑点模様があるので「カス模様」と言いたいところですが、やはり表面の「糟」がその由来の大きなものだと感じざるを得ません。

 つまり汚名は、実際にこの白いカスを蓄えた体表にちなんだ生態を示した和名、日本で広く通用する名前として図鑑などでスタンダードに目にするようになったのでしょう。

 日本の場合、多くのサメは地方名という漁師さんが用いる魚名があり、「カスザメ」も恐らくその一つに過ぎないのでしょうが、トンビ、マント、インバ、ボオズザメなどと多岐にわたる名前から敢えて黎明期のサメ研究者がこの名を選んだのには、 生物学的に知見ある呼び方の採用という側面が大いにあったのでしょう。

 ちなみにトンビやマント、インバ(ネス)はいずれも外套の一種で、形を想像させる外形態を示したもので、これを採用するのもよかったとは思うのですが、和名にそぐわぬコート類の舶来品であったために、カスという「汚名」を着せざるを得なかったというべきなのでしょう。

  ちなみに私がなぜこのサメが好きになったのか。多くの図鑑では背中側の絵しかなくエイっぽい姿しか認識できないのですが、実物を真正面から見るとこれまた愛嬌のある顔をしているのです。(Sharks of the world という図鑑でカスザメの正面顔ダイジェストが収録されています!)

真上ばかり見ているようで正面も見えるカスザメ。鳥羽水族館にてHaie撮影。 
 

 私はもちろんステロタイプのサメ、サメらしいサメも好きではあるのですが、サメらしくないサメであるカスザメもまたサメであるという事実が「サメ」というカテゴリーの魅力であると私は思うのです。

 サメを好きになるということは、何か偏ったサメに肩入れするのではなく、その多様性を味わう器でもって好きになるのでなくては、真のサメ好きとは言えないと、思ったりもするのです。まぁ、あくまでHaieという個人の感想です。

 カスザメはそんな代表格。もし水族館で見かけたら、地面に目線を合わせて、愛嬌ある顔を楽しんでもらえれば、サメという生き物の愉快さが伝わるのではないかと思います。 

@Haie

サメの百人一首「Shark」に一首、次回は更新できればよいなぁ。

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