2022年3月19日土曜日

サメ研究者 後藤友明先生を悼んで(サメコラム再掲)

 2022年3月17日、岩手県三陸沖でホヤの研究調査のため出港していた漁船が難破し、乗船されていた3名の方が厳寒の海で命を落とされたとのニュースがありました。大変傷ましい出来事です。

 こちらの遭難者に岩手大学の水産研究者である後藤友明先生の名があり、大変ショックを受けております。後藤先生は他ならぬ「板鰓類(サメ・エイ類)」の研究者でもあり、かつて私がシンポジウムなどでお話したことのある先生なのです。

 およそ15年前、サメ・エイの研究会「日本板鰓類研究会(JSES)」主催によるサメイベント「サメ祭」が静岡県の東海大学海洋科学博物館で行われた際、その演者のお一人としてテンジクザメ類のお話をされたことがきっかけで、後藤先生を知ることになりました。

 他の演者の先生がグラフや白黒模式図での発表をスライドで行う中、一番若い後藤先生が生きたサメのカラー写真や色つきの図解でプレゼンなさっていたのが際立ち、同行していたサメマニア諸氏も絶賛の発表でした。

 1泊2日のプログラムで、講演後にエポーレットシャークの胸ビレの輻射軟骨と基部の柔軟性について質問し、直接興味深い話をお聞きすることができたことを覚えています。

 ずいぶん前のお話で、記憶がよみがえると同時に急逝の報が信じがたいです。

 2013年の海遊館シンポジウムでも、私がなくした鍵を会場で拾っていただいたりしたこともありました。運営スタッフとして会の実務に関わられているのだと強く印象を受けました。

 また海遊館発行の図鑑「黒潮の海」への寄稿や科学雑誌「遺伝 軟骨魚類のふしぎ」でもサメ研究者として骨格構造に言及された論文を発表されておられました。

 ブログで取り上げる話題としてふさわしいかと悩みましたが、過去の記事(旧サイト Haieのナカミより)を再掲することで先生の研究の成果の一端を知っていただけるならとかつてのコラムをここに記します。当時の通り、1つの講演を2部にわたって紹介しています。(肩書は当時のままです)

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2007年9月16日 (日) ※掲載年月日 

★「サメの進化と多様性 テンジクザメ類」
     岩手県水産技術センター 後藤友明先生


 今回、演者を務められた先生方の中で、ほとんどの方の名前を存じ上げていたのですが、恥ずかしながらこちらの後藤先生だけはノーマークでした。
 しかし、今回の演者の先生の中で、恐らく一、二を争うぐらいサメについて「熱く」語ってらしたように思います。言葉の端々から「この方は、本当にサメが好きなんだな」という愛情がアリアリと伝わってきました。
 このお話は先の田中彰先生の講演上でも述べられた進化と種類の話が前段となり、参加者の方々の話の飲み込みはスムーズだったように思います。
 
 後藤先生のスライドは画像が非常に多用されていて分かりやすく、サメの起源とサメが持つ種の多様性についてテンジクザメ類という少しマイナーな分類のサメたちを取り上げられました。

 まずはサメの起源のお話から。サメは一般的に4億年前のデボン紀(魚類の祖先が繁栄した時代)に生息されていたとされる「クラドセラケ」がその直接の祖先だそうです。しかし、それ以前のオルドビス紀(三葉虫などが繁栄した時代)からも進化の形跡が見られるとのこと。
 ”サメの祖先はデボン紀から”という固定概念があった私はちょっと興味が湧きました。初期のサメは2億4千8百万年前に登場し、今のサメに近い種類はそれから6千5百万年前(恐竜大繁栄の時代)にほぼ出揃ったといえるそうです。恐竜が巨大化し絶滅する中、それを掻い潜って今に至るのだと思うと、彼らは実にロングランな高等生物として歴史と由緒をたずさえているといえそうです。

 さらに大陸移動の際に海の形が変化したことによって、それまで狭い範囲でしか生きていなかったサメが外洋性の適応を行い、巨大化・捕食の高度化が始まったというお話もされました。それまでのサメは割と小型であったそうです。
 さらに深海への適応では、ツノザメの仲間とメジロザメの仲間でも共通性が見られるなど違った分類のサメがあらゆる場所に進出している一端を解説されました。

 さらに、サメのことを紹介する際に良く引き合いに出される「サメは古いタイプの生物」とか「サメは進化していない原始的な生物だ」といった内容をよく聞きますが、後藤先生は「サメは早い段階で独自に進化を遂げた」のだとおっしゃられました。これが今回のお話の重要なポイントです。
 そして、このお話の流れから「テンジクザメ類」の種の多様性のお話へ展開していきます。


 サメの境地を開く天竺への道 パート1

 

「テンジクザメ」と聞いてピンと来る方はあまりおられないはず。でも「ジンベエザメの仲間だよ」というと、サメを知らない人でもある程度分かるはずです。

 しかし、後藤先生は多分「一般人」ではほとんど区別がつかないテンジクザメ目の7つの科(5つとする研究者もいるよう)について、ご説明くださいました。
 テンジクザメの仲間の共通の特徴についてはサメの中でも、背びれは2つでそこに棘はなく、エラ穴は5対で口が目よりも前にあるといったことなどが挙げられます。生息場所も、"天竺(てんじく)"の名のとおり、インド洋や太平洋南部インドネシア周辺の暖かい海の比較的浅い底にいるといった共通項があります。

 まずはそのひとつクラカケザメ科の仲間。私も名前は知っていましたが、特徴を聞かれても『?』な、種類でした。しかし、このクラカケザメにはサメの中でも特殊な器官を持っているのだそうです。

 非常に分かりにくいのですが、ちょうど目のある位置の腹側に近い部位に「ヒゲ」のようなものがあるのです。
 それでそのヒゲは何の役割があるのか?というと、海底にいるエサとなるエビやカニがいるかどうかを調べる触角のようなものだそうです。

ヒゲには神経も骨格も通っているのですが、ちょうどヒメジという底性魚のヒゲと同じようなものだとおっしゃっていました。(右写真:顎に二本の触角のようなものが見える)



  海底に棲むサメとしての適応と進化まずは一つ目。

 次に、オオセという変り種のサメについてのご紹介です。オオセにもクラカケザメと同様、口の周辺にヒゲのように見える肉質突起が沢山生えています。特にアラフラオオセという種類は無精ひげのような様相です。(右写真)

 で、このヒゲはクラカケのヒゲと同じなのか? いや違うのです。特に神経や骨格もないただの肉のたるみ。つまりは、ヒゲが海藻などを真似たエサをおびき寄せるための仕掛け。ここに潜もうとした魚をバクッと食べてしまう、ちょうどアンコウのヒゲと同じだと先生は解説されました。他種との比較は非常に分かりやすくていいですね。



サメの境地を開く天竺への道 パート2

歩くサメ、エポーレットシャーク

 ちょうど去年(注:2006年)の今頃、オーストラリア周辺の海を調査した環境団体が新種と見られる海洋生物を発見し、そのニュースが世界中を駆け巡りました。
 その中で、新種と見られる『歩くサメ』が見つかったなどというトピックがありました。その歩くサメの仲間、エポーレットシャークの紹介です。

 エポーレットシャーク、実は以前に油壺サメ展のレポートでも取り上げたことがありました。→コラム第七十九回(サメ展での歩行動画)

 一般の方が思い浮かべる怖いサメのイメージからは程遠いくらいに愛らしいサメです。以前のコラムをご覧になられた方は、お分かりになると思いますが実に器用にひれを動かして歩くことが出来ます。これは、複雑に入り組んだサンゴ礁で自在に動き回れる行動力の獲得をした、すばらしい適応だと言えるでしょう。先生はこの仕組みについて骨格の構造をご説明くださいました。

 テンジクザメのほかの仲間、例えばイヌザメや別系統のメジロザメ目の似たような環境に住むトラザメなんかの胸ビレや腹ビレの構造とは全く異なるそうです。彼らも比較的浅い海の岩礁などにすむ種類ですが、泳がないときに海底に着地した状態を保つヒレではあっても、それを歩行へ導く動きは出来ないそうです。

 これはヒレのつなぎ目をなす部位()がイヌザメなどではパタパタとしか動かせないのに対し、エポーレットシャークの場合はグリングリンに方向が変えられる上に丈夫で、接地するヒレの縁は柔らかく、クッションの役割をしているそうです。
 陸上競技で言うところのクラウチングスタートのように体重を瞬発力に変える「溜め」が出来るということですね。
 
しかもエポーレットのすごいところは、感覚器官をも環境に適応させたことです。サメならほぼすべての種類に見られる「ロレンチーニびん」。生き物の発する微弱な電位を感じる器官ですが、これが普通のサメなら頭の周辺部だけに点在しているのがなんと、体の真ん中ぐらいまで広範囲に分布しているとか。
 頭だけでは探す範囲が頭打ちなので、体の側面に分布させて指向性を広げたのです。シュモクザメが頭部を扁平にしてその数を増やしたのに対し、エポーレットは細長い体半分をセンサーに変えたというのですね。

いざ大海原へ! グローバル化した甚平どん

  冒頭でテンジクザメ目を紹介する際に、ジンベエザメを引き合いに出しましたが実はジンベエザメはテンジクザメ目の中ではかなり独特のサメ(1科1属1種)だそうです。
 他のテンジクザメの体長が1mから大きくても3m前後なのに対し、ジンベエザメは世界最大の魚類とも言われるように13mほどにもなるといわれています。すむ環境も全く異なり、岩礁などの浅い海をはって泳ぐのが大多数であるのに対し、ジンベエザメは世界中の温かい海を回遊しています。

 後藤先生のお話では、ジンベエが他のテンジクザメの仲間と違って発達した部位については、まず目が頭の両サイドに移動したこと、つまり広い視野を得たということですね。そして、顔の幅も大きく広がったこと、これはシュモクザメの頭部のように浮力を得るためだそうです。同時に体の骨格も、回遊するために細部にいたるまで丈夫になり、尾びれなどに見られるように泳ぎが得意な体つきになっています。
 そして、繁殖に関しても広い海での少ないランデブーを生かせるように多産になり、他の大多数が卵を産むのに対して、子どもを産むようになっています。

 細々と商売する古式ゆかしい天竺屋を飛び出し、新しい時代に誕生した甚平屋は、グローバル化の波に乗って世界進出し、大成功した大企業のような存在なのでしょう。
 大海原で、カツオの群れを率いて悠々と泳ぐ様は、広い海がもたらすロマンを見せつけられるようでもあります。

 ちなみにこの「ジンベザメ」「ジンベザメ」とどっちが正しいの? という話をよく聞きますが、一応魚類学会さんの規定する標準和名では「ジンベエ」が正しいようです。まぁ、日本語の発音からしてどちらも間違ってはいないので、あまりこだわらなくてもよさそうな気もします。
 名前の由来のごわごわした「甚平」羽織だって、戦国時代の「陣羽織」が訛ったとかいうくらいですから。まぁ、どっちでも「エ」「イ」じゃないか。

 後藤先生も時間枠を超えて熱くサメの魅力を語ってくださいました。私のようなマニアに限らず、この話でサメの魅力を感じた方は沢山おられるのではないでしょうか。同席していたReal Blackさん(注:サメマニア「Good Anatomy」というサメサイトを運営)も「すごく面白かった」と感激されてました。
 テンジクザメの仲間は、イヌザメを始め日本の水族館にはたくさん飼育されている種類ですので、注意してみると実に面白い発見が出来るのではないかと思います。

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以上が、かつて私が公開していたイベントのコラムです。生き生きとサメの魅力を語る後藤先生の姿がありありと思い出されます。

 サメ祭の夜会で秘蔵のサメ画像や動画を披露してくださったのも後藤先生でした。

  一介のマニアですが、調査中の事故で亡くなられたことについて本当に残念で仕方がありません。好きなサメの研究をおいて、今は岩手県立大学の教授として研究室を持たれていたとのことですので、東北の水産研究を担う若き研究者であったことを思うと私ごときが先生を惜しむのは僭越であると思います。

 ですが、せめてサメ好きとして過ごした時間を思い、哀悼の意を表します。



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