2016年1月9日土曜日
ホホジロザメが飼育できるか本気で考えてみた
ホホジロザメの飼育。
おそらく、サメ好きならば一度や二度はその夢想をしたことがあるかもしれません。
すでに聞き及んでいる方も多いと思いますが、沖縄美ら海水族館でホホジロザメ(沖縄名:ミンダナー)のオスの成体が、4日間展示されていたようです。
搬入の経緯などは公式にもされているので割愛しますが、三日間、同館のオオメジロザメ(沖縄名:シロナカー)やイタチザメ(沖縄名:イッチョー)のいる「危険ザメの海」水槽で見ることができたとのこと。
見ることができた人はラッキー…とはあまり言いたくはないのですが少なくとも貴重な体験であったことは間違いないでしょうし、海の王者をその目に焼き付けることができたことは、サメが恐ろしい生き物以上の存在であると知る機会であったでしょう。
しかし、美ら海水族館は最初から飼育がうまくいくと思っていたのでしょうか。
本気でホホジロザメを飼うということにどれほどの覚悟があったでしょう。
ここに一冊の本があります。
昭和63年発刊の「水族館動物図鑑 沖縄の海の生きもの」と題された図鑑です。
発行者は「国営沖縄記念公園水族館」、つまり現:美ら海水族館の前身です。
この図鑑の特徴は、単に沖縄に生息している海の生きものを並べただけではありません。
ここには、水族館がいかにして生き物たちと対峙して飼育に当たってきたかが詳細に書かれており、飼育の事績を知ることのできる貴重な文献です。
珍しいサメをどれほど生かし、飼育を試みてきたか、少し荒っぽくさえ思える記述が並びます。
「○○ザメ、同居のサメに食われ、3日で死亡」といった生々しい記録がさらりと書かれています。
今同じ内容でこの本を出したとしたら、いろいろ突っ込まれるのではないかとさえ思えます。
少なくとも私は初見では衝撃を受けました。
ただ、水族館に近い職種の方々には私のような新鮮さはあまりないようですが。
話を戻しますと、ホホジロザメを水族館で飼うことができるのかどうか。
現状では、生まれたてのホホジロザメが198日間水槽で飼われていたという事実以外に、「飼育」と言い為すことのできる情報はないようです。
コラム「モントレーベイ水族館のホホジロザメ」
なぜホホジロザメを水槽で飼うことが困難なのか。
一つには器の問題。
成体ということであれば、まず大きさが一つの制約となります。4m前後がホホジロの捕獲例でも多く知られることから、この大きさでもって扱いができるかという現場の経験が試されるでしょう。
次に搬入などの問題、これは生きたままサメを運び、水槽に落とし込むシステムがないといけません。いまや全国で見られるジンベエザメで、その搬入技術が飛躍的に向上したことからも、ある一定の規模を持つ水族館ではこの条件はクリアできそうです。
しかし、ジンベエと違い非常に遊泳能力の高いサメでは、いかにおとなしく運べるかということも重要です。暴れて傷ついて持たなかったサメも多くいるでしょう。
今回の美ら海に限っては、この点をどうにかパスできています。さすがというしかないです。
このことだけでも相当な経験の裏打ちを示していることでしょう。
そして継続的な飼育環境の問題。
無事水槽にたどり着いたら、今度は用意した環境に慣れてくれるかどうか。
狭いことは間違いないので、水槽の大きさを認識し、壁にぶつからず泳ぐことができるかどうか。この点がかなり重要です。
殊に、遊泳速度の速いこういったサメは、鼻からぶつかって感覚器官を傷めて衰弱することが死因となることがあるそうです。
つまりサメに対する刺激の極力少ない環境を用意せねばならないということでしょう。
動画を見る限りでは、サメなりに水槽の大きさを認識し、遊泳をしています。しかし、力強く泳げているかというとそうは見えません。
この点においては、美ら海は極めてストレスの多い他のサメとの同居を選択しました。ここに難点があると私は考えています。
サメの敵はサメ。
大型のサメになればなるほど、競合するのは同じサメ同士であることもまた事実。飼育下では万遍なくエサを与えてはいますが、食いの良さ悪さとともに水槽内のパワーバランスが保たれねばなりません。
ある水族館では、新参のサメが古老の大型魚にパクリとやられたこともあるそうです。サメだから…というのは先入観で、実際新たに生き物を投入することはエサとなる事例も少なくないようです。(前述の書籍もそういった事例が挙げられていました)
つまり、ホホジロに限っては単独飼育が望ましい、と。他の生きものを排除した状態(競合する存在がない)であればサメは環境に慣れることに専念できるでしょう。
あと私的考察ですが、サメの感覚器官を刺激しない環境を整備すること。
ホホジロは地磁気を感じて、大洋を回遊するといわれています。いわゆる電気受容の出来る感覚器官の存在ですが、その機能がサメに方向感覚や距離感覚を与えているとするならば、電子機器や磁場の発生する装置を極力遠ざける必要性も考えられるのではないかと言うことです。
磁界の発生するモーターや電気設備なしに水槽を維持することはほぼ不可能です。なので、遮断器具を駆使した低刺激の状態を想定することがそういったストレスを軽減する手段となると考えられないでしょうか。
エサについては、粘り強く与え続け、活餌や強制給餌も駆使せねばならないでしょう。強制給餌とは、ありていにいえば無理やり口にねじ込み、エサを胃袋へ通すことです。私がこのことを知った時、生き物と接することの壮絶さを知るとともに、生かすとは人間の意思ありきなのだと考えさせられました。
美ら海水族館がどういった想定でホホジロザメの飼育に踏み切ったかどうか、私が知る由はありません。偶発的な捕獲に対してどれほどの準備が可能か、恐らく普段から受け入れ態勢を整えられる環境を維持されているのでしょう。
(沖縄未訪問で、ある機会に館長さんを間近で拝見したことはありますが、面識はありません。水族館界のエンペラーとも尊称される方ですので、凡人のサメ好きでは畏れ多い存在です)
少なくとも「ホホジロザメの生きた姿を多くの人に見てもらいたい」という熱意に偽りはないでしょう。だったら、私は一匹や二匹どうにかなったぐらいであきらめてもらっては困ります。
死体を子細に解剖し、死因を突き止めるとともにあらゆる技術的人的資源に多額の費用を用いて本気を見せて欲しい。
もしそうでなければ、私は「ホホジロザメを飼育することは不可能」と言い続けなければならないでしょう。
マグロですら養殖できる時代、もはやホホジロは永遠に届かぬ遠い「おサカナさん」 ではないと思います。もはや夢想するにも荒唐無稽だとは誰も言えない。
今では観られて当たり前の無数の海の生き物が、沖縄の地で着実に飼育メソッドを育まれてきたことはゆるぎない事実なのです。
つまり美ら海水族館がホホジロザメの飼育を…
やるかやらないか(To Be or Not to Be)、
ただそれだけのことでしょう。
私ごときサメ好きが、偉そうなことを言うもんです。本当に反省しています。
ちなみに前の記事でホホジロに触れていますが、私がこの飼育の試みを知ったのは、ずいぶん後ですので誤解なきよう。
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